その日の朝は、いつものように慌ただしく始まりました。顔を洗い、歯を磨き、出勤の準備を整えていた時、ふと足元に落ちたコンタクトレンズを探そうと、洗面台の下に這いつくばったのが運命の分かれ道でした。ふと見上げた洗面台の収納奥、排水管を包む防露材がじっとりと濡れ、その先端から黒ずんだ水滴がポタリ、ポタリと床板に落ちているのを見つけてしまったのです。これまでの人生で「排水管の水漏れ」という言葉はニュースやドラマの中の話だと思っていましたが、目の前で静かに、しかし冷酷に進行している現実に、一瞬で頭が真っ白になりました。恐る恐る床板を触ってみると、すでにベニヤがふやけて柔らかくなっており、いつから漏れていたのかを想像するだけで冷や汗が出ました。急いで仕事に欠勤の連絡を入れ、スマホを握りしめて水道業者を検索しました。広告に出てくる「数千円〜」という格安の文句に惹かれそうになりましたが、以前友人がそれでトラブルになったのを思い出し、地域で長く営業している地元の水道屋さんに電話をかけました。一時間ほどで駆けつけてくれた職人さんは、私の不安を見透かすように「大丈夫、早めに見つけたから傷は浅いよ」と声をかけてくれました。点検の結果、水漏れの原因は洗面ボウルと排水パイプを繋ぐパッキンの劣化と、長年流し続けたヘアワックスが管の途中で固まり、行き場を失った水が接合部に負荷をかけていたことでした。修理自体は一時間ほどで終わり、費用も納得のいく範囲内でしたが、職人さんが去った後の洗面所に立ち、私は深い反省に沈みました。これまで、化粧品や洗剤のボトルをぎゅうぎゅうに詰め込み、奥で何が起きているか全く見ていなかった自分の無頓着さが、この事態を招いたのだと。もしあの時コンタクトを落としていなければ、私は床が完全に腐り落ちるまで気づかなかったかもしれません。排水管の水漏れは、持ち主の「無関心」という隙を突いてやってきます。この日を境に、我が家の洗面所下は常に整理整頓され、懐中電灯による定期点検が習慣となりました。家を愛するということは、表層の綺麗さを保つことだけでなく、こうした隠れたパイプ一本一本にまで気を配ることなのだと、黒ずんだ水滴が教えてくれた気がします。