今でも思い出すだけで背筋が凍るような経験があります。それは数年前、結婚したばかりの友人が新居に招待してくれた時のことでした。その家は建築家のこだわりが詰まった素晴らしいデザイナーズ住宅で、案内されたトイレもまた、目を見張るほど洗練された最新のタンクレストイレでした。ホテルのような清潔感と、最新技術が詰まったその空間で、私はついリラックスして用を足しました。しかし、トラブルはその直後に起こりました。洗浄ボタンを押すと、静かな音と共に水が流れ始めましたが、私が使ったトイレットペーパーが、まるで意志を持っているかのように水面に留まり続けたのです。水流は確かに勢いよく渦を巻いているのですが、紙はその渦の縁を軽やかに舞うだけで、一向に排水口へと吸い込まれていきません。一度の洗浄が終わっても、そこには真っ白な紙が、何事もなかったかのようにぷかぷかと浮かんでいました。冷や汗が止まりませんでした。友人の新築祝いで、トイレを詰まらせるわけにはいかない。しかし、このまま外に出れば、次に誰かが入った時にこの無残な光景を見られることになります。私は焦って二度目のボタンを押しました。しかし結果は同じでした。最新の節水トイレは、一度流すとタンクに水が溜まるまで、あるいは内部の制御システムが準備を終えるまで、連続して強い洗浄を行うことができない場合があることを、その時の私は知りませんでした。二度目の水流は一度目よりも弱く、紙はさらに優雅に水面を漂うばかりです。個室の中で、私は必死に頭を回転させました。なぜ紙が流れないのか。よく見ると、その家で用意されていたのは、見たこともないほど厚手でフワフワの、高級なトイレットペーパーでした。その贅沢な厚みが、皮肉にも大量の空気を保持し、強力な浮力を生んでいたのです。私は意を決して、備え付けの掃除用ブラシを手に取り、浮いている紙をそっと水中に沈めました。紙が十分に水を吸い、その白さが濁った色に変わるのを待ってから、三度目の正直で「大」のボタンを長押ししました。今度は水の重みがしっかりと紙を捕らえ、ゴボゴボという音と共にようやく視界から消えてくれました。あの時の安堵感は、人生の中でも指折りのものでした。この一件以来、私は他人の家でトイレを借りる際、まずトイレットペーパーの質を確認し、必要以上に使わないこと、そして流す際には少しずつ時間を置くことを徹底しています。最新の設備は確かに便利で美しいものですが、時として人間がコントロールできない「浮力」という自然の摂理に阻まれることがあるのだと、身を以て学びました。あの時の友人は、私がトイレで格闘していたことなど露ほども知らずに、リビングで笑顔で迎えてくれましたが、私にとってあの個室での数分間は、最新技術と物理現象の恐ろしさを知る忘れられない試練の場となったのでした。
友人宅の最新式トイレで冷や汗をかいたあの日の記憶